小説『ゼロの重み、そして削り取られる意志』第9章

小説
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企業勤めの内科医ヒロスケです

私は15年前に臨床医から企業勤務医に転職しました

転職した理由はいくつかの理由があり

決して単独の理由で転職したわけではありません

今回私が転職をした理由のいくつかを小説形式にして紹介します。

 

今回はトンでも救急患者

救急の適応でもない患者さんって

一人一人見ていくとたいしたことないじゃん?

って、感じるんですが

一晩で同じような患者を数十人見たら

翌日の仕事へのモチベーションに非常に悪影響を及ぼします

私の仕事ってなんだ?

そんな思いに苛まれます


第9章:『ゼロの重み、そして削り取られる意志』

夜の九時を回った救急外来。当直帯の空気はすでに重く淀んでいた。

 病棟での処置を終えて息つく間もなく、PHSが鳴る。

受付からの声は、どこか事務的で、しかし確実に私の胃をキリキリと痛めつける特有のトーンを含んでいた。

「先生、お疲れ様です。今朝から発熱があるという30代の男性です。主訴は発熱と軽い咽頭痛。」

その一言を聞いた瞬間、頭の芯がジワリと熱くなるのを感じた。

 今朝からの発熱。

なぜ、日中の外来がいくらでも開いている時間に受診しなかったのか。

答えは診察室に入る前から分かっている。

「日中は眠かったから」

「夜になって心配になったから」

診察室のドアを開けると、そこにはスウェット姿でスマートフォンを弄る若い男が座っていた。

緊迫感など微塵もない。

「いつから熱がありますか」

「今朝の8時くらいかな。37度5分あってさ。だるいし、薬もらおうと思って」

私は努めて冷静に聴診器を当て、喉を見る。

ただの軽い感冒だ。

電子カルテの保険情報では男性が生活保護を受けていることがわかる。

「夜間の救急外来は、命に関わる緊急事態のための場所です。

今朝から発熱していたのであれば、なぜ日中の一般外来を受診しなかったのですか?」

男はスマートフォンから面倒くさそうに目を離し、悪びれる様子もなく言った。

「いや、昼間は用事あったし。夜でも診てくれるんでしょ?

昼に来ると混んでるしさ、

医療証あるからお金かかんないし、別にいいじゃん」

別にいいじゃん。

昼間に用事?

お前、生活保護受けているやろ?

カルテ見たら分かるんだよ

どうせパチンコでも行ってたんだろ

怒りをぶちまけたいところを飲み込んだ

彼らにとって、救急外来は24時間いつでも、いくら使っても「無料」のコンビニなのだ。

頭をよぎるのは、外来で化学療法を受けながら必死に働く患者さんたちの顔

彼らはステージⅣの癌と闘い、

高額な薬剤の自己負担分を支払うために、

副作用の倦怠感に 歯を食いしばりながら満員電車に乗って仕事へ向かっている。

子供たちの未来のために、必死に納税の義務を果たし、命を繋ごうとしている。

そして目の前にいるのは、日中は自分の「用事」を優先し、

夜中に「無料だから」という理由で、一睡もしていない勤務医の労働力を使い捨てる男。

彼が支払う窓口負担は、ゼロ。

 しかし、彼がこの時間にここを受診することで発生する医療費、深夜手当

すべてのコストは、善良な市民の勤労の結果納めた税金から支払われている。

「……処方は規定通り、明日の朝までの分、1日分だけです。

明日、必ず一般の外来かクリニックを受診してください」

「えー、めんどくさいな。多めに出してよ、タダなんだからさ」

タダ。

この世にタダの医療など存在しない。誰かが払っているのだ。

私のこの、削り取られ、擦り切れていく命の時間という対価を払って、

彼の「タダ」が成立している。

「ルールですのでできません」

私が冷淡に言い放つと、男はチッと舌打ちをして、

医療証を乱暴にポケットに突っ込んで診察室を出て行った。

ドアが閉まった診察室で、私は両手で顔を覆った。

怒りよりも、底なしの虚しさが込み上げてくる。

私は一体、何のために医学を志したのだろうか。

何のために、月何度も徹夜をし、家族との時間を犠牲にし、

ボロボロになりながらここに立っているのだろうか。

命を救うため? 社会に貢献するため?

誠実な人間が報われず、システムを食い物にする人間が平然と笑っている。

そんな歪んだ構造の防波堤として、

自分の善意と体力が消費されていく。

その理不尽さが、私の医師としての、

人間としてのモチベーションを、音を立てて削り取っていく。

腰のPHSがまた鳴る。

液晶画面を見つめる私の瞳には、もう、何の光も残っていなかった。

(第9話 終了)

病院では生活保護の患者さんの医療費を公費で負担するか否かの確認書があります

この確認書で適切な利用でないと判断した場合

この医療費は公費では負担されません

では、生活保護を受けている患者さんに請求書が行くのでしょうか?

答えは「No」

病院はお金を集金する能力は持ち合わせていません

詳しくは↓

生活保護者の医療要否意見書って何?必要なの?否認できるの?

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