小説『最善の浪費』第8話

小説
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企業勤めの内科医ヒロスケです

私は15年前に臨床医から企業勤務医に転職しました

転職した理由はいくつかの理由があり

決して単独の理由で転職したわけではありません

今回私が転職をした理由のいくつかを小説形式にして紹介します。

全何回になるか分かりませんが

お付き合いいただけましたら幸いでございます。

経験談を複合していますので、フィクションですのであしからず

 

 

第8章:『「最善」の残骸、そして沈黙の終止符』

再入院後、ステロイド治療が功を奏し、

田宮さんの間質性肺炎は劇的に改善した。

酸素マスクは外れ、外来で経過観察ができる程度まで呼吸は落ち着いた。

しかし、その代償は小さくなかった。

繰り返される入退院と強い薬剤の副作用により、

田宮さんの体力は目に見えて削り取られ、かつての朗らかさは影を潜めていた。

私は、改めて家族を呼び出した。

「肺炎は落ち着きました。

ですが、本来の目的である化学療法を再開するには、

今の田宮さんの全身状態ではリスクが高すぎます。

これ以上の積極的な治療は、かえって命を縮めることになりかねません。

これからは癌から生じる症状を抑える緩和ケアをメインに、

ご自宅でゆっくり過ごされることをお勧めします」

私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、次男が机を叩いて立ち上がった。

「冗談じゃない! 肺炎が治ったなら、また次の薬があるだろ!

ここまで金も時間もかけて、結局『家で寝てろ』って言うのか!」

激高する次男の横で、長男は力なく首を振った。

「……先生、相談があるんです。自宅での介護は、もう限界なんです。

母さんも腰を痛めてますし、私たちも仕事がある。

家で看るのは、どう考えても……困難なんです」

結局、話は元の場所に戻った。

医学的な「最善」が、家族の「現実」に敗北する瞬間。

私は、静かに転院の準備を始めた。

高度な化学療法を止めるのであれば、

この急性期病棟に彼が留まる理由は、

病院経営の論理(DPC)の上でも、もう存在しない。

転院当日。

介護タクシーを待つ間、廊下の隅で次男はまだ「納得いかない」と不満を漏らしていた。

その隣で、手続きの書類を抱えた長男が、絞り出すような声でポツリと呟いた。

「……こんなことなら、最初から治療なんかしなければよかったな」

その一言は、私がこの数ヶ月、寝る間も惜しんで積み上げてきた「最新の医学」や、

一瓶数百万円の薬剤、そして深夜の当直で削ってきた魂のすべてを、

一瞬で虚無へと突き落とした。

良かれと思って繋いだ命が、最愛の家族に「しなければよかった」と言わせてしまう不条理。

「先生、お世話になりました」

長男はため息混じりに頭を下げ、ストレッチャーに乗せられた父と共に、エレベーターの中へと消えていった。

入れ替わるように、外来の待合室では、

鈴木さんが仕事用の鞄を抱え、前を向いて歩いているのが見えた。

彼は今日も、副作用の倦怠感を抱えながら、

子供たちの待つ未来を一日でも長く手繰り寄せるために、戦場へ戻っていく。

一人は、未来を繋ぐために。  一人は、終わりの見えない「コスト」と「疲弊」の果てに。

私は医局へ戻り、空になった田宮さんのカルテを閉じた。

窓の外には、夕暮れの街並みが広がっている。

そのどこかに、あの深夜に手を繋いで歩いていった兄妹の、小さくも逞しい後ろ姿が混じっているような気がした。

――私の仕事は、誰の、何を救っているのか。

その答えを探す余裕も与えられぬまま、私の腰のPHSが、また新たな「現場」を告げる鋭い音を立てた。

(完)

あとがき

治療がうまくいかないことが決して珍しいことではない

その治療の結果一つ一つに心が削られるわけではない

治療にかけるお金の問題もありますが

それ以上に人的なリソースがどうしても高齢者に偏る現実があります

医療人としては公平に時間をかけてどの患者さんにも十分にケアをしたい

ただ実際は声の大きな患者さんや声の大きな家族がいる患者に手を取られる

公平な医療って何なんでしょうね

本当に必要としている患者さんに医療のリソースは向かっているのでしょうか?

喘息の女の子には医療も福祉もどちらも必要としているのに

今の日本は圧倒的に高齢者にリソースを取られている

それで10年後20年後の日本が栄えることができるのでしょうか?

そんなことを考えていると仕事へのモチベーションは削られていることに気づきました

病院勤務をやめた理由はほかにもあります

現場での理不尽な経験を現場を知らない人に伝えるために

少しずつでも小説風に書きていきたいと思います

 

今回の初めて挑戦した小説にお付き合いいただきありがとうございました。

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