検疫指揮の「後藤新平」って誰?何をした人?

新型コロナウイルス肺炎

台湾で「日本神話」が崩壊しつつある。衛生管理や医療態勢、感染症対策などで長年、お手本と考えてきた日本が、新型コロナウイルスによる肺炎をめぐる防疫では、初期動作で後手に回ったとの失望からだ。感染症の伝播(でんぱ)ルート解析で知られる台湾の長庚(ちょうこう)大教授、黄崇源氏は現在の日本の防疫態勢を「仏系」と形容した。台湾紙、聯合報が19日、伝えた。中国や台湾のネットでは「動く気配のない青年」など、消極的イメージで「仏系青年」が流行語になった。鎮座する大仏像からの発想か。

引用:産経新聞

本記事で「後藤新平」はいないのか?との記載がありますが、誰のことでしょう?後藤新平は、明治から昭和初期にかけて活躍した政治家であり、医師です。就任したポストは、台湾総督府民政長官、満鉄初代総裁、逓信大臣、内務大臣、外務大臣とそうそうたる実績です。まだ内務省衛生局員であったころ、当時の上司だった陸軍省医務局長兼大本営野戦衛生長官の石黒忠悳が、陸軍次官兼軍務局長の児玉源太郎に推薦したことから、日清戦争の帰還兵に対する検疫業務を行う業務に従事するようになります。陸軍検疫部に入った新平は、着任直後より検疫所の建設に着手し、2ヶ月で総建坪22,660坪、401塔の検疫所を完成させました。彼の働きぶりを表現するのに「検疫所建設の前後四ヶ月は、朝七時から晩九時まで椅子に腰を下ろした事はなかった」といわれています。なお、日清戦争後の検疫では消毒した艦船は687隻、総人員23万人強(232,346人)、その中コレラ患者総数1,500人だったと言います。彼の働きぶりと結果には、当時のドイツの皇帝も舌をまいたそうです。

当時行った検疫業務が高く評価されていることと台湾総督府府民政長官を歴任したことから台湾市民からの今回の声に変ったのだと思います。確かに検疫の分野においてこれほどのリーダシップを発揮できる政治家は今はいないのではないでしょうか?私は司馬遼太郎の小説を読むのが好きなんですが、明治時代の政治家はパワフルですよね。現代の政治家にももっと頑張っていただきたいものです。

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